こんなにも辛いと感じるとは(2)

みなさん、こんにちは。

今日は前回の続きをお話ししたいと思います。

さて、あの希望のない、やさぐれていた私とは、どんな状態だったかと言いますと、かなり自分勝手な思考の持ち主でした。

日々、起こること、何でもが人のせい、環境のせい、といった感じで、全ては自分の内にあるという、自身の真の力、生きる力を信じられず、ただただ独りよがりの、自己中心的な状態だったと思います。

今は、あの時の私がどんな状態だったのか、冷静に客観的に見ることができますが、当時は意識があんなにも外に向いていることに目をつむっているような状態だったので、自分がなぜこんなにも苦しいのか、辛いのかといったことを自問自答しながらも、その答えは見つかりませんでした。

そんな時、子供の頃に住んでいた場所に行きたい、そこを見てみたい、という気持ちが、ふと湧いてきました。

私は子供の頃、広島に住んでいました。現在は大阪在住の私は、広島にひとり旅に行くことを決めました。これは本当に、ふと思い立った、という表現しか当てはまらない感じなのですが、これがいいきっかけになりました。

もう、30年余り前に住んでいた場所なので、地形が少し変わっていた所もありましたが、自分が住んでいた場所にたどり着くことができ、通っていた小学校も見ることができました。どちらも昔よりキレイになっていて、時間の経過を感じました。ご多聞にもれず、今その場所に立つと、やはり子供の頃より小さく感じるものですね。校庭は本当に狭く感じました!

住んでいた家や、遊んでいた公園、通っていた学校など、ブラブラと見て回っていると、その頃に思っていたこと、抱えていた気持ちなど、色々と思い出されてきました。そして、自分がこの10年余り、様々なワークやセッションを重ね、その頃の本当の思いや願い、感情を思い出す体験をしてきたことも思い出され、その時、私はもう無力な存在ではないのだ、ということをハッキリと思い出すことができました。すると、泣けてきて、泣けてきて、一人泣きながら、広島の地を歩いていました。その体験が暗闇の中から出てくるきっかけとなり、徐々に外向きの意識から、内なる意識、「私」へと戻ってきたのでした。

思っていたよりも長くなりましたので、続きは次回にしたいと思います。次回はこの出来事の原因などについてお話し、最終回としたいと思います。