平和を選ぶ

戦争の反対は?と聞くと、「平和」と答える人が多いように思う。

はたしてそうだろうか。

平和は戦争の反対側にあるのではなく、それ単体であるもののように思う。

平和は愛に根ざしたものだと思う。

戦争は、勝利と敗北、善と悪、被害者と加害者、そんな二元性を表現するための、体験するための、ツールのように思う。

その大きな二元性のエネルギーから抜け出して、平和を選んでみてはどうだろう。

戦争を見て見ぬふりをするわけではない。無いもののように扱うのでもない。

良いだの悪いだのと、そこに意識を向けるのではなく、

ただただ、平和へと意識を向ける。平和という穏やかで安寧なエネルギーを感じて意識を向ける。

それがより健全な意識の選択だと思う。

囚われを超えて

誰かのこと、何かのこと、思考が同じことをぐるぐると繰り返している。

そういう囚われがあると、自分に向き合う、自身の気持ちをしっかりと感じる、そんな機会を与えられない。

それは、自分を大いに不満足にさせてしまう。本当に望むことから離れてしまっているから。

囚われからくる感情は感じるだろうけど…。

だが、それは決して心地のよいものではないだろう。

まずはその囚われていることに気づくこと。

流されるままにその繰り返しに乗っかって、それを続けるのではなく、はっきりと気づくこと。

まずはそこから。

はっきりと気づいて、それを終わりにすると、しっかりと宣言しよう!

囚われに気づいて、それを表に出し、光を当てよう。

私は◯◯◯◯◯に囚われていた!と、声に出して言うのもいいかもしれない。

そうすれば、ただ流されるままに囚われに乗っかっていた自分ではなくなっている。

一旦、光にさらしてしまえば、もう気づいていなかった自分には戻らないのだから。

囚われを超えて、自身を感じてみよう。

まずは、気づくことから。

食べることについて

令和6年能登半島地震により
被災された皆さまに
心よりお見舞い申し上げます。
被災地の一日も早い復旧を
お祈り申し上げます。

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今日は「食べる」ということについて少し書きたいと思います。

先日、体調を崩された方に食欲が無くなったとお聞きしました。
体がしんどい上に、食欲が無いので体力も落ち、益々体が辛くなっているとのことでした。
元気な時はいくらでも食べられて、太ることを気にしていた程だったのに…、と。

健康な時にはそれが当たり前のように感じて、その有難さに気づかない、そういったことはよくありますよね。
これは健康だけに限らず、色々なことに当てはまると思います。
うまくいっている、問題のない状態の時にこそ、そのことに感謝の気持ちをもってみませんか。

ダイエットをされている方もいらっしゃると思います。
健康を維持するためにされている方もおられるでしょう。
美しい体型のためにされている方は、ぜひそのやり方や栄養の摂り方にはくれぐれも無理のないよう進めてくださいね。


美しさと引きかえに、健康を失ってしまっては元も子もないですものね。