価値って?

「私には価値がないんです」

っていうことに、私気づいてしまったんです。

と言う人がいます。

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自分と向き合って、

深く掘り下げてみたら、

自分には価値がないって思っている

自分がいたことに気づきました、

って言う人が…。

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確かに、

潜在意識にそう信じている部分がある人も

いるでしょう。

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気づけてよかった!

私、価値がないなんてことはない!

本当は価値ある存在なんですね!と。

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その通り、

価値のない人なんていないです。

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気づけたことはよかったと思います。

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ですが、だからこそ、

価値があるとか、ないとかに

こだわらなくていいのではないかと

思うのです。

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大御所の芸人さんではないですが、

生きているだけで丸もうけ

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本当にそうだと思います。

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命がある、

人間として、ここに存在している、

それだけで奇跡です!

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◯◯◯があるから価値があるとか、

◯◯◯がないから価値がないとか、

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そんなのないです。

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だから、

私の価値って何だろう?

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とか、探さなくてもいいのでは

ないかと思うのです。

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私たちは多次元的に存在しているので、

死の定義って難しいですが、

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この肉体が終わる瞬間まで

価値ある存在であることが当たり前、

それが命あるものの初期設定であるとして

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この地上で生きていきませんか。

こんなところにも鹿⁈

先日、大神神社を参拝しました。

三輪駅で電車を降りて

神社へ向かって歩いているだけでも

山々の清々しいエネルギーが

とても気持ちがよかったです。

私が大神神社でいつも感じるのは

とてもあたたかく、やさしさあれる

ご神気だなぁ、ということ。

この日もそうでした。

御神体である三輪山が手を広げて

ふわっと抱きしめてくれているような

そんなエネルギーを感じます。

そして、参拝して

ふと顔を上げて見つけたのが

この写真です。

森から鹿がひょっこり頭を出している⁈

そんなふうに見えませんか?

そのように見てしまったら

もう、そうとしか見えなくなってしまって

写真を撮りました。

そうです!

私は奈良の鹿が大好きです!

奈良公園の鹿は

春日大社の祭神の神使なので、

大神神社とは関係がないのですが、

同じ奈良県ということで、

ついつい、反応してしまいました。

どん底に大地あり

先日、奈良の街を歩いていると

専念寺の壁に、こんな言葉がありました。

「どん底に大地あり」

とても力強い言葉だと感じました。

どん底と聞くと、

嫌な場面をイメージしがちですが、

どん底に大地があるなら、

しっかりと地に足をつけて

一歩踏み出そう!

とメッセージを送っているように思え、

力強さを感じたのでした。

今がどん底、

と感じている方がいるなら

この言葉に背中を押してもらい、

一歩踏み出してみませんか。

きっと、何か次の展開がやってくる

一歩になるのではないかと思います。